学校の働き方を考える時、私はどう考えているのか、っていう話です。
こういう学校の問題を考える時、私たちは、「勤務時間」を考えがちです。
そりゃそうです。働きすぎです。
実際、朝8時半から学校がスタートし、就業時間通りに学校から誰もいなくなるということは「決して」ありません。
授業は就業時間までに終わりますが、その後に児童や生徒の指導や部活動、職員会議など、どれも児童・生徒の学びを支え続けるために必要なことが始まります。
全て教育として必要なことなのか、と常識を疑うのはもちろんです。
では、私自身はどのように考えているのかをご紹介します。
まず、働き方改革のみ考えるのではなく、一般的な組織として、事業の成立について考えます。事業はどのような事業でも、経営資源を投入することで事業成果を出していきます。経営資源は、「ヒト・モノ・カネ」に加え、「情報・時間・知的財産」の6つです。
6つの経営資源をどう投入するかによって、成果が異なります。単純化するために、成果とは、これら6つんも経営資源の積(掛け算)としましょう。
◆成果=f(ヒト*モノ*カネ*情報*時間*知的財産)
私は、この事業の成り立ちは、教育活動や学校においても同様ではないかと考えています。学校を運営するためのこれら6つの経営資源を考えてみましょう。
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○ヒト:先生や事務職、給食センター、寄宿舎舎監、もちろん保護者や地域の人など、さまざまなヒトが関わって学校は成り立っています。
○モノ:校舎、体育館、机、椅子、黒板、パソコンなどのモノはもちろん、Wi-Fi環境も今だと必要です。
○カネ:5つの経営資源全てに関わります。
○情報:教科書がなくてもいいという方もいらっしゃるでしょうが、やはり効率的に学ぶためには必要でしょう。また、児童や生徒個人の情報、論文などにまとまっている最新の教育手法、校内のネットワーク上にある過去の学校行事の資料などもやはり必要です。
○時間:授業時間の確保だけでなく、学校行事、学校間の部活動対抗試合(総体や新人戦、選手権など)も必要です。ホームルームも大事な活動です。教員の働く時間、事務職員の方の働く時間も換算されます。
○知的財産:あまり学校では馴染みがないですが、例えば「東大」というブランドがあれば優秀な人が入学しやすかったり、地域の人とのネットワーク、卒業生会などがあります。
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これらはあくまでも私が考えた例です。もっとあるかもしれません。
学校を学校たらしめるためには、これら6つの経営資源をどのように配分し、どのように投入するかを決めて動かしていく必要があります。
通常、一般企業や団体であれば、これら6つの経営資源を増やすも減らすも、その団体が決めることができますよね。
「成果=f(ヒト*モノ*カネ*情報*時間*知的財産)」を単純に考えると、成果を上げるためには、どこかの経営資源を増やせばいいですから。
ところが…!
公立学校ではこうはいかないのです。
公立学校の場合、6つの経営資源のほとんどを教育委員会(教育委員会事務局)が握っているのです。
教員(ヒト)を増やしてほしいと思っても、他校との兼ね合いもありますし、教育委員会規則などの規定によってなかなかそれも叶いません。あ、教育委員会が悪いわけではありませんからね!
この前提に立った時、なぜ働き方改革が進まないのか、なんとなくわかるのではないでしょうか。
ヒトを増やすこともできず、モノも満足に買えず、カネも潤沢に使えず、時間も限られている。知的財産(学校のブランドなど)もなかなかすぐに変わることはない。情報はアクセスしたくても、一律なシステムの中では痒いところに手が届かない。
先ほどの、「成果=f(ヒト*モノ*カネ*情報*時間*知的財産)」の、それぞれの資源に投入される数字は変わらないということです。
そんな中で、「事業成果を出せ、昨年よりもより良い成果を出せ」と言われたら、どうしますか?
普通の人なら、「無茶なこと言うな」となりますが、先生方は真面目で、「児童・生徒のためなら…」と思う人が多いので、「自分ががんばるしかない」となるわけですね。
たとえ、「がんばりすぎないで!」と言ったとしても、「そうっすよね…」と言うしかない。
ところが、これは誰も悪くない。
先生も悪くないし、教育委員会が悪いわけでもない。
成果を出すためには、「先生の頑張り」を成果の関数に加えなければならないシステムに問題があるのです。
先生の働き方を考えるときには、この図式を崩す必要があると私は考えました。
ここまでが前段です。
この上で、一人ひとりのやる気を底上げするということよりも、システムを崩す、システムを変えることに試行錯誤しているわけです。
少し長くなったのでこの辺で前編を終わります。
みなさんは、先生の働き方改革をどのように考えますか?
ぜひ教えてほしいです。
それでは、おのおのぬかりなく。